福岡地方裁判所 昭和50年(わ)121号 判決 1979年3月28日
本店所在地
福岡県田川市大字猪国四五〇番地の一
商号
大得山株式会社
代表者氏名
田中千鶴子
本籍
福岡県田川市大字猪国一、五一九番地
住居
同市猪国六九〇番地
医師(精神病院経営)
田中得雄
昭和四年一〇月一七月生
右大得山株式会社に対する法人税法違反、田中得雄に対する法人税法違反、所得税法違反各被告事件について、当裁判所は、検察官山田廸弘出席のうえ審理して、次のとおり判決する。
主文
被告会社大得山株式会社を罰金一五〇万円に処する。
被告人田中得雄を懲役一年二月及び罰金三、〇〇〇万円に処する。
被告人田中得雄においてその罰金を完納することができないときは、金五万円を一日に換算した期間同被告人を労役場に留置する。
被告人田中得雄に対し、この裁判確定の日から三年間右懲役刑の執行を猶予する。
訴訟費用は、被告人田中得雄の負担とする。
理由
(罪となるべき事実)
第一 被告人田中得雄は、福岡県田川市大字猪国六九〇番地所在の精神病院大法山病院を経営しているものであるが、所得税を免れようと企て、
一 昭和四六年分の真の所得金額は、二億三、七一五万五七三円(総所得一億八二六万二、一七三円、分離短期譲渡所得一億二、八八八万八、四〇〇円)で、これに対する所得税額は一億五、二六一万二、七〇〇円であったのに(別紙(一)修正損益計算書及び別紙(二)税額計算書参照)、右総所得のうち、事業所得については、公表帳簿に、医薬品の仕入及び給食材料費その他の経費の架空計上或いは水増し計上などをし、雑所得については、これを公表帳簿にことさら計上しないなどの手段により、また、前記分離短期譲渡所得については、真実は土地売買契約は昭和四六年中に締結し、その代金も同年中に支払いを受けて土地の引渡しを終えていながら、これを分離長期譲渡であるように偽装するため、売買契約年月日を昭和四七年一〇月二〇日に、引渡年月日を同月三一日にそれぞれ遅らせた不動産売買契約書及び領収書を作成するなどの手段により、右昭和四六年分の所得の一部を秘匿したうえ、昭和四七年三月一五日、同県田川市新町一一番五五号所在の田川税務署において同署長に対し、昭和四六年分の所得金額は、総所得が七、九五三万九、五七八円で、これに対する所得税額は二、五一二万七、〇〇〇円である旨の虚偽の所得税確定申告書を提出し、もって不正の行為により同年分の所得税一億二、七四八万五、七〇〇円を免れ
二 昭和四七年分の真の所得税金額は、一億五、二一四万六、九四四円(総所得一億五、二〇五万四、二一九円、分離短期譲渡所得九万二、七二五円)で、これに対する所得税額は七、二九三万九、一〇〇円であったのに(別紙(三)修正損益計算書及び別紙(四)税額計算書参照)、右総所得のうち、事業所得については、公表帳簿に、医薬品の仕入及び給食材料費その他の経費の架空計上或いは水増計上をし、雑所得については、これを公表帳簿にことさら計上しないなどの手段により、右昭和四七年分の所得の一部を秘匿したうえ、昭和四八年三月一五日、前記田川税務署において同署長に対し、昭和四七年分の所得金額は一億七五万二、四〇二円(総所得一億六五万九、六七七円、分離短期譲渡所得九万二、七二五円)で、これに対する所得税額は三、四三九万三、六〇〇円である旨の虚偽の所得税確定申告書を提出し、もって不正の行為により同年分の所得税三、八五四万五、五〇〇を免れ
第二 被告会社大得山株式会社は、福岡県田川市大字猪国四五〇番地の一に本店を置き、医薬品、医療器具及び給食材料の仕入販売並びに病院施設の管理等の営業を営むもの、被告人田中得雄は、昭和四六年三月三一日から昭和四九年八月五日まで右被告会社の代表取締役としてその業務全般を統括していたものであるが、被告人田中は、被告会社の業務に関し、法人税を免れようと企て
一 昭和四六年四月一日から昭和四七年三月三一日までの事業年度における被告会社の真の所得金額は二、〇七三万八、一七七円で、これに対する法人税額は六九五万六、一〇〇円であったのに(別紙(五)修正損益計算書及び別紙(六)税額計算書参照)、公表帳簿により医薬品の仕入価額、経費等を架空計上、或いは水増計上し、又は、構築物についての減価償却を過大に計上するなどの手段により、その所得の一部を秘匿したうえ、同年五月三一日、前記田川税務署において、同署長に対し、右事業年度の所得金額は一、三二二万一、五七七円で、これに対する法人税額は四二〇万九、三〇〇円である旨の虚偽の法人税確定申告書を提出し、もって不正の行為により右事業年度の法人税二七四万六、八〇〇円を免れ
二 昭和四七年四月一日から昭和四八年三月三一日までの事業年度における被告会社の真の所得金額は二、〇〇三万四二六円で、これに対する法人税額は六七九万七、三〇〇円であったのに(別紙(七)修正損益計算書及び別紙(八)税額計算書参照)、公表帳簿に仕入価額、経費等を架空計上、或いは水増計上するなどの手段により、その所得の一部を秘匿したうえ、同年五月三〇日、前記田川税務署において、同署長に対し、右事業年度の所得金額は九五四万八、八四四円でこれに対する法人税額は二九六万八、六〇〇円である旨の虚偽の法人税確定申告書を提出し、もって不正の行為により右事業年度の法人税三八二万八、七〇〇円を免れ
たものである。
(証拠の標目)
判示全事実につき
一 被告人(第一三回)、証人福田恵(第五回ないし第七回)及び同田中千鶴子(第一〇回、第一一回、但し、被告会社に対する関係で除く。)の各公判調書中の各供述部分
一 被告人(昭和五〇年三月四日付、同月五日付、同月一〇日付)福田恵(同年三月六日付二通、同月七日付)及び田中千鶴子(二通)の検察官に対する各供述調書
判示第一全事実につき
一 被告人の当公判廷における供述
一 被告人(第一四回、第二一回ないし第二三回)。証人井上元治(第八回)同八尋太(第八回)、同井上四郎(第九回)、同福島安成(第一〇回)、同福田昭夫<第一二回)、同中村嘉(第一四回)、同山下中(第二二回、第二三回)、同伊東次男(第二六回)及び同西牟田西住(第二八回)の各公判調書中の各供述部分
一 被告人(昭和五〇年三月八日付、一二丁のもの)及び福田恵(同年三月八日付、同月一〇日付)の検察官に対する各供述調書
一 大蔵事務官作成の被告人(昭和四九年一二月五日付)及び福田恵(同年一二月四日付)に対する各質問てん末書
一 被告人作成の上申書五通(昭和四九年一二月四日付二通、同月九日付、九月五日付、一〇月二九日付のうち検察官請求証拠目録乙(以下検乙と略記する。)の番号六の一一)
一 被告人作成の「46・47年分薬品原価表」、「公表仕入及薬価基準早見表より出した薬価表」、「昭和47年薬価率計算根拠により作成した薬価率計算表」及び「四病院の各年度別の病床数の比較表」と題する各書面
一 大蔵事務官中村嘉及び同山下中各作成の各上申書
一 大蔵事務官伊東次男作成の査察官調査書三通(但し、昭和五二年一二月二一日付については、二枚目五行目から末行までを除く。)
一 大蔵事務官堤正博作成の査察官調査書二通(但し、昭和五三年一二月一六月付については、一枚目表下部欄の薬品費比率A欄の一五・六〇%及び二枚目の一表の薬品費比率の田川欄の一五・六〇%の各部分を除く。)
一 大蔵事務官山下中作成の査察官調査書及び押収してある同書別冊三冊(昭和五一年押第三一四号の一七ないし一九、以下押号を省略し、枝番号のみ記す。)
一 大蔵事務官井上四郎作成の報告書(但し、添付の手帳抜書五枚目を除く。)
一 大蔵事務官作成の「年間仕入高三〇〇〇、〇〇〇円以上の薬品の薬価基準による単価に対する値引率について」及び「薬品費率等について」と題する各書面
一 福岡国税局作成の薬品費率高資料
一 押収してある昭和四七年度小手帳一冊(八)、昭和四四年度小手帳一冊(九)、領収書47・2一綴(一一〇)、給食分年度末たな卸表一綴(一二一)、昭和49・12・9国税局提出上申書簿外現金仕入の薬品について作成資料(昭和46・47年分)二冊(二三一、二三二)、46・47年薬価計算資料綴二冊(二三三、二三四)、昭和四四年分所得税白色申告決算書一綴(二三五)、昭和四四、四五年総勘定元帳各二冊(二三六ないし二三九)
判示第一、一の事実につき
一 証人西村悟(一四回、一六回)、同岡崎正春(一五回)、同山口努(一六回、一八回)、同小泉昭彦、同澤田近裕、同藤本○雄(以下一七回)、同高木邦朗(一八回)、同世利勝憲、同徳久稔及同和田義昭(以上二〇回)の各公判調書中の各供述部分
一 被告人(昭和五〇年三月八日付、五四丁のもの)、福田恵(同年三月九日付(及び古賀邦欣(同年二月一四日付、二月七日付)の検察官に対する各供述調書
一 被告人作成の上申書九通(昭和四九年一〇月二九日付のうち、検乙六の三、六の五ないし六の九、六の一二、六の一三、七の二)
一 大蔵事務官作成の被告人(昭和四九年二月七日付、同四八年一一月一七日付)、福田恵(同四九年一〇月三一日付抄本)、古賀邦欣(二通)、原保男(三通)、後山繁之及び柿原政之(二通)に対する各質問てん末書
一 被告人作成の44年分及び46年分の各所得税確定申告書(謄本)及び44年分所得税修正申告書(謄本)
一 中牟田円次郎及び小泉昭彦各作成の各上告申書
一 大蔵事務官作成の減価償却費等修正額調書(四六年分)
一 登記官佐々木正作戦の登記簿謄本一五通
一 藤城泰三作成の証明書(昭和四九年四月一八日付原本、同年一一月一六日付写し)
一 富士銀行福岡支店作成の普通預金元帳(二通写し)
一 西日本相互銀行作成の定期預金入金伝票及び定期預金元帳(各二通写し)
一 押収してある昭和四六年分大法山病院収支明細書一綴(三)、昭和四六年度分買掛金台帳一冊(一〇)、昭和四六年九月分日計表綴一冊(一一)、昭和四六年度分大法山病院元帳一冊(一二)、昭和四六年度分大得山株式会社元帳一冊(一三)、開発許可申請書一冊(二〇)、承諾書一綴(二一)、大末建設(株)九州支店名義の普通預金通帳一冊(二二)、同支店名義の普通預金元帳(写し)三枚(二三)、大末建設(株)九州支店長名義の普通預金支払請求書一枚(二四)、同支店長の印鑑票一枚(二五)住友銀行福岡支店の手形貸付元帳一枚(二六)、大末建設(株)九州支店長名義の定期預金担保差入書一通(二七)、取締役会議事録一枚(二八)、大末建設(株)と日本信販(株)間の売買契約書一通(二九)、小泉昭彦の不動産日記帳一冊(三一)、田中得雄分の登記権利証書一綴(三五)、田中得雄分の極度外取引認可書一綴(三六)、昭和四六年九月一〇日付三菱信託銀行福岡支店振出の小切手二枚(三七、三八)、田中得雄と大末建設(株)九州支店間の売買契約書及び領収書一綴(三九)、会計伝票一綴(四一)、普通預金支払請求書1枚(四二)、普通預金通帳一冊(四三)、大野町土地関係入出金振替伝票一綴(四四)、稟議書三綴(四六ないし四八)、領収書二枚(五〇)、覚書一冊(五一)、日本信販駒ケ丘ニュータウン請負契約書一冊(五二)、開発行為許可通知書一綴(五三)、現金出納帳46年一綴(五四)、仕入帳46年2一綴(五七)、仕入帳46年3一綴(五八)、振込通知書44年一綴(六〇)、診療報酬通知書45年一綴(六一)、同46年一綴(六二)、納品請求書45・3一綴(六四)、振替伝票(461~4612/31)一七綴(七〇ないし八六)、領収書(46・2~46・4)三綴(八七ないし八九)、小使台帳女子棟46一綴(一二二)、同第一病棟46三綴(一二四ないし一二六)、同第二病棟46一綴(一三〇)、同第三病棟一綴(一三二)、銀行関係書類一綴(二一六)、昭和四五年分収支明細書一綴(二一八)昭和四六年度小使台帳(退職者分)一綴(二二一)
判示第一、二の事実につき
一 被告人作成の上申書五通(昭和四九年一〇月三〇日付)
一 被告人作成の47年分所得税確定申告書(謄本)
一 木田雄三、井口浦次及び梅谷亮輔各作成の各上申書
一 国税査察官作成の職務報告書
一 大蔵事務官作成の減価償却費等修正額調書(四七年分)
一 大蔵事務官作成の福田恵(昭和四九年一一月一日付抄本)及び二ノ宮廣子に対する質問てん末書
一 押収してある昭和四七年分大法山病院所得税青色申告決算書一綴(四)、同年分大法山病院元帳一冊(一四)、現金出納帳47年一綴(五五)、振替伝票(47、1/1~47、12/31)一七綴(九二ないし一〇八)、領収書47・1一綴(一〇九)、領収書(473~47・12)一〇綴(一一一ないし一二〇)小使台帳女子棟47一綴(一二三)、小使台帳第一病棟47三綴(一二七ないし一二九)、同第二病棟47一綴(一三一)、同第三病棟43一綴(一三三)、昭和四七年日用品台帳(退院分)第一病棟一綴(二二二)同第三病棟一綴(二二三)
判示第二全事実につき
一 被告人(昭和五〇年三月九日付)及び福田恵(同年三月一〇日付)の検察官に対する各供述調書
一 大蔵事務官作成の被告人(昭和四八年一二月一三日付、同四九年一二月六日付)、福田恵(同年一二月五日付、同月六日付各抄本)、山田美夫及び松岡ハル子に対する各質問てん末書
一 被告人作成の上申書四通(昭和四九年一〇月二八日付三通、同月二二日付)
一 登記官中西新一郎の登記簿謄本
一 押収してある売掛台帳一綴(二二九)
判示第二、一の事実につき
一 被告人作成の上申告書四通(昭和四九年一〇月二九日付のうち、検乙一八、二〇、二一、二六)
一 大蔵事務官作成の医薬品仕入先確認調査書
一 久次完司作成の「日用品の取引について」と題する書面
一 津島哲郎作成の「文房具類の取引について」と題する書面
一 押収してある昭和四六年四月一日昭和四七年三月三一日事業年度確定申告書一綴(一五)、買原簿45年No.2一綴(五六)、病院仕入帳37年一綴(五九)、診療報酬通知書綴47年一綴(六三)納品請求書45・7一綴(六五)、同45・9一綴(六六)、同45・10一綴(六七)、同45・12一綴(六八)、領収書45・8一綴(六九)、領収書綴46・12一綴(九〇)、納品書46・12一綴(九一)、46会社現金出納帳一綴(一三四)、46仕入帳<1><2>二綴(一三七、一三八)、振替伝票464/1~4/15一綴(一四三)、同465/16~6/30三綴(一四六ないし一四八)、同467/16~8/15二綴(一五〇、一五一)、同4610/15~10/31一綴(一五六)、同4612/1~472/15五綴(一五九ないし一六三)、領収書46年5月分、6月分二綴(一七九、一八〇)、同46年8月分五綴(一八二ないし一八六)、同47年1月分~3日分三綴(一八七ないし一八九)、納品請求書46年5月分~12月分八綴(二〇二ないし二〇九)、同47年1月分~3月分三綴(二一〇ないし二一二)、請求書三綴(二一三)、給料計算書46年度分一綴(二一四)、支払予定表46年度分一綴(二一五)、法人設立届出書一綴(二一九)、日計表(四五、九月分)一綴(二二四)、現金出納帳(45年分)一冊二二五)大法山関係売上メモ帳一冊(二二八)
判示第二、二の事実につき
一 被告人作成の上申書二通(昭和四九年一〇月二九日付のうち、検乙二三、二四)
一 伊勢谷孝義、藤波慎三、矢嶋正雄及び田中真三各作成の各上申書
一 加来英司作成の所在確認調査報告書
一 原口誠作成の「プロパンガス取引について」と題する書面
一 大蔵事務官作成の「昭和47年分の仕入の過大計上等の修正について」と題する書面
一 大蔵事務官作成の安部賢二に対する質問てん末書
一 押収してある昭和四七年度大得山株式会社元帳一冊(六)、昭和四八年度大法山病院元帳一冊(七)、昭和四七年四月一日昭和四八年三月三一日事業年度確定申告表一綴(一六)、現金出納簿(会社)一綴(一三五)、売掛帳47年分一綴(一三六)、昭和四七年会社仕入帳Ⅱ一綴(一四〇)、<1>仕入帳47年一綴(一四一)、掘替伝票47年6月分、7月分二綴(一六九、一七〇)、同47年11月分一綴(一七四)、同48年1月分~3月分三綴(一七六ないし一七八)、領収書47年4月分~12月分九綴(一九〇ないし一九八)、同48年1月分一綴(一九九)、領収証48年2月分~3月分三綴(二〇〇、二〇一)、47年分賞与明細書二枚(二一七)、法人税中間報告書一綴(二二〇)、仕入帳<1>(楠野商店外)一綴(二二六)、同<2>(神戸屋外)一綴(二二七)、納品書48年4月分一綴(二三〇)
判示第一、一、二及び判示第二、一、二の事実につき
一 田中得雄の上申書(昭和四九年一〇月二九日付のうち検乙七)
一 福田恵の検察官(昭和五〇年三月一一日付二通)に対する各供述調書
一 渡辺作治ら作成の「汲取料等の取引について」と題する書面
判示第一、一及び判示第二、一の事実につき
一 押収してある振替伝票464/16~5/15二綴(一四四、一四五)、同467/1~7/15一綴(一四九)、同468/16/10/14四綴(一五二ないし一五五)、同4611/111/30二綴(一五七、一五八)、領収書46年7月分一綴(お八一)
判示第一、二及び判示第二、一の事実につき
一 押収してある振替伝票472/16~3/31三綴(一六四ないし一六六)
判示第一、二及び判示第二、二の事実につき
一 押収してある昭和四七年会社仕入帳Ⅰ一綴(一三九)、<2>仕入帳47年一綴(一四二)、振替伝票47年4月、5月二綴(一六七、一六八)、同47年8月~10月三綴(一七一ないし一七三)、同47年12月一綴(一七五)
(当事者の主な主張に対する判断)
第一 弁護人は、本件事業所得に関して、被告人は、昭和四六年度で約五、九〇〇万円、同四七年度で約九、二〇〇万円程度の金額を簿外で支出しており、その内訳は、簿外薬品費が同四六年度で約五、八〇〇万円、同四七年度で約八、〇〇〇万円と推定され、その余は接待交際費に支出されたもので、既に認容されている簿外経費分では到底十分でないだけでなく、その限度で認容された根拠が、極めて薄弱で不当である旨主張し、これに対して、検察官は、昭和四六年度二、六四八万円、同四七年度三、七二四万円の簿外薬品費の認容で不十分であり、且つ過大ですらある旨主張するので、以下判断を加える。
一 前掲各証拠によれば、簿外薬品購入の認否をめぐる経緯として次のような事実が認められる。
(一) 福岡国税局は、昭和四八年一一月一三日大法山病院等に対する本件査察を開始したが、その翌日ころ同病院の事務長である福田恵から井上元治査察官に対して、仮名架空名義の領収書による架空の薬品仕入のうち四〇%は、実際に簿外で仕入れていたとの申し出があり、同年中には被告人からも簿外薬品購入の主張がなされたが、国税局側からの再々の要請にも拘らず、資料がないとの理由で、仕入先、仕入時期、仕入金額等の具体的な説明がなされなかった。
(二) 他方、国税局側では、本件査察資料に基づき犯則調査を進め、貸借対照表と損益計算書を作成していたが、この間に前者の事業所得が後者のそれをかなり下回わり、不突合部分が生じたこと及び同病院の決算書中の四六年分棚卸し明細書に計上されていたアリナミン約五三万円分につきこれに相応する仕入関係資料が見い出せなかったことなどから、簿外の薬品購入を推定した。
(三) そこで、昭和四九年八月から、国税局の福島査察課長の指示に基づき、被告人側は、全患者数の約一割に当る患者五〇名分のカルテを抽出し、当該患者毎に、使用した薬品名、数量、被告人の作成した薬品原価表による金額、及び収入金を各月毎に集計し、各年度の当該患者についての収入金に対する薬品費の割合(薬価率)を算出したうえ、五〇名分のその平均値を求める作業を行い、この薬価率につき、昭和四六年度分で二三・一〇%、同四七年度で二三・一二%両年度平均で二三・一一%という結果をまとめたうえ、同年一〇月二日ころ国税局側にこれを提出した。
(四) しかし、国税局側は、右薬価率に基づく簿外経費の支出は、被告人の財産状況からみて無理であり、同規模の他病院についての調査結果をも考慮して、薬価率一五%程度が妥当であると判断し、前記五〇名中、これにそうような二〇名分のカルテから算出した薬価率昭和四六年度一五・二八%、同四七年度一四・九六%を採用し、これに基づき昭和四六年度分として二、六四八万円、同四七年度分として三、七二四万円を簿外薬品購入経費として認容し、被告人も昭和四九年一二月九日付上申書でこれを了承し、この後この問題は、一応結着のついた形となり、告発後の検察官の取調に際しても、被告人及び福田恵は、いずれもこれを認めそれ以上の簿外薬品経費の主張ないし右認容額に対する異議を述べていない。
(五) ところで、国税局は、昭和五〇年七月一六日、先に査察の際、福田恵宅から押収した同人の税務手帳昭和四五年ないし四七年の三冊について、そのなかに税務署職員に対する金品の贈与に関する記事が含まれていたことから、福田恵に対する還付の形をとったうえで、国税局側職員と福田恵ら立会の下に、同局構内でこれを焼却した。
(六) 証人福田恵は、第七回公判(昭和五一年七月八日)に至って、前記(五)の事実及び焼却された手帳中に具体的な薬品購入の簿外経費の記載があった旨突如として供述するに至った。
(七) 当裁判所における審理において、前記(三)の薬価率は、国税局側による再検討の結果で、昭和四七年分について一七・五七%、被告人側の再検討の結果で、同年について一七・七七%、同四六年分について二〇・一一%にそれぞれ修正された。
二 弁護人は、簿外薬品購入経費を裏付ける具体的な資料として、前記一(五)の福田手帳中にその旨の記載があったと主張するので、まずこの点について検討して置く必要があるが、井上四郎国税局事務官の第九回公判調書中の供述及び同人作成の報告書によれば、右福田手帳三冊については、押収直後である昭和四八年一一月一四日に、同人が、調査の便宜上、所得計算に必要な事項を見分し、四五年分にはかなりの該当事項があったので、原文通りの書き抜きを作成したが、問題の四六年及び四七年分は記載内容自体乏しく、空白な部分が多く、書き抜くべき記事は見当らなかっただけではなく、殊に薬品の簿外仕入に関する記事の有無も注意したが、全くなかったというのであり、右供述等は、書き抜き作成の時期、動機、作成状況及びその内容等に照らして、十分措信できるところであり、これに反する前記一(六)の証人福田恵の供述はその供述に至る経緯、供述時期、薬品購入に対する同人の関与程度に照らしても措信できない。従って、福田手帳中に、簿外経費の記載があったものとは認められない。
三 本件各証拠を総合すれば、簿外薬品購入経費の存在は十分に認められるが、これを裏付ける具体的資料は、現在においても過去においても何ら存しないので、その額を推計するにあたっては、結局薬価率及び貸借対照表と損益計算書との不突合部分その他の事情を総合勘案して、被告人にとって過大であっても、過少とはいえない範囲でこれを認定するほかない。
以下の諸事実に照らせば、検察官主張の薬価率に基づく認容額(一(四))は、簿外薬品購入の実態に近いものと推測することができるが、弁護人主張の額は、過大にすぎるものといわざるを得ない。
(一) 昭和四四年度及び同四五年度の大法山病院の薬価率は、それぞれ申告額で一八・八五%(調査額で一三・六〇%)及び一四・二七%(調査額で一三・二一%)であり、薬品費は、それぞれ申告額が五、五〇五万一、一〇三円(調査額で三、九七一万七、七六二円)及び五、七一三万七、一〇一円(調査額で五、一九六万九、八二四円)であって、収入額の伸びに伴う薬品費の増加を考慮しても、診断方針の変更等による薬品費の飛躍的な増大を窺わせる事情は認められないから、前記検察官主張の国税庁認容額を含めた薬品費総額(昭和四六年度五、八〇二万二、三九三円、同四七年度七、〇六七万五〇円)は、各年度比で均衡のとれたものといえること
(二) 福岡国税局管内の精神病院七一の平均薬価率は、昭和四六年度で一六・四八%、同四七年度で一四・四三%であり、これは各税務署に提出された決算書及び調査額に基づき作成されたもので、公表帳簿を基とする点で、実際よりも薬価率が高めになっているものと推測されることを考慮すると、前記認容薬価率は、不当のものとはいえないこと
(三) 他方、架空名義の領収書の作成までして税金対策に苦慮していた被告人が、多額な簿外薬品の購入について、領収書もなく、取引していたとは考え難いこと
(四) 被告人のいういわゆるバッタ買いについては、薬品購入ルートに通暁していると思われる証人西牟田西住の供述(第二八回公判調書)によっても、かかる形態の薬品購入は聞知していないというのであり、少なくとも弁護人主張の知き多額の取引を大法山病院のような大病院において、通常的に行っていたとは考えられないこと、
(五) 現金支出の管理をしていた被告人の妻田中千鶴子は、通常支払予定表にもとづき、伝票と元帳とを照合してから、現金の支出を認めていたものであり、臨時的な支出についてはともかく、簿外薬品購入のための多額な現金支出について、伝票もなく支出を認めていたとは考えられず、これを知るべき立場にあった同人の供述によってもこのような形で多額の支出が通常的になされていたとの明言を避けていること
(六) 前記一(四)で認定したように、被告人らは国税局側から認容された簿外薬品経費を了承していただけでなく、前記一(一)の福田恵の簿外経費の主張によっても、その額は、架空名義の領収書による薬品仕入が昭和四六年度で八〇六万円、同四七年度で六、一六九万円であるから、両年度合計しても二、七九〇万円にとどまること
四 このように検察官主張の薬価率に基づく認容額については、かなりの理由があるものと考えられるのであるが、次の諸点からみて、その額以上ではない、すなわち過少とはいえないとの確信を得るには至らない。
(一) 前記一(四)で認定したように右薬価率は、国税局側で相当であると判断した額にみあう薬価率に副うべく抽出されたカルテに基づくものであって、それ自体の客観性には疑問が残ること
(二) 国税局側の右判断の前提となった貸借対照表の事業所得が損益計算書のそれを下回っている不突合部分の額は、告発後の検察官取調段階で修正された両表によれば、昭和四六年で三、七六二万三、〇九〇円、同四七年で二、四〇〇万四、七二〇円であって、前記簿外薬品購入額を認容すると、昭和四七年については十分にこの不突合部分を解消させるに足りるのであるが、昭和四六年については、なお一、一一四万三、〇九〇円の不突合部分を残していること
(三) 国税局側の判断の前提となった同業種の同規模病院の薬価率との比較については、不合理でないということの一証左にはなるが、積極的にはこれを支持する証拠とはならないし、同様に収入金に対する薬の投薬回数比率が近似していたとする点も、補強する証拠にはなっても、これ以上に右薬価率の正当性を積極的に根拠づけるには足らないこと
五 以上で検討した結果及び以下の諸点を総合して勘案すれば、一(七)の五〇名分カルテに基づく修正された薬価率のうち、昭和四六年二〇・一一%及び同四七年一七・五七%を採用し、これより昭和四六年度分として四、一八二万四、九三一円を、同四七年度分として四、七八一万七、七〇四円をそれぞれ簿外薬品購入経費として認容すれば、被告人にとって過大ではあっても、確実に過少とはいえないから、右認容額が相当であると認められる。
(一) 右薬価率は、いずれも、当該事業所得が問題となっている昭和四六年及び同四七年度における実際の患者の約一割にあたる数を対象として、実際に使用された薬品名をそのカルテから書き出し、仕入帳及び納品書に記載されている薬品については、その単価により、その単価のないものについては、社会保険研究所発行の薬価基準点数早見表の単価から三割を控除して、通常の仕入価格に修正した単価により、それぞれ薬品費を算出し、当該患者の収入金額でこれを除したものであって、対象カルテの選別が被告人に委ねられていたこと、添付品が考慮外におかれていること等被告人にとって有利に動く事情をもあわせ考慮しても、このような方法で算定される薬価率を、本件の如き具体的な資料を全く欠く簿外経費の認定の資料とすることは、やむを得ないし、適当であるといえること、
(二) 右薬価率に基づく認容額をもってすれば、前記四(二)の不突合部分をすべて補充するに足るものであって、逆に貸借対照表の事業所得が損益計算書のそれを上回ることになるが、両表が完全に正確なものとはいえず誤差のある点等を被告人に有利に解すると、右の結果は妥当なものであり、少なくとも不突合部分を残すことによる合理的な疑いの残存も拭去しうるものであること
(三) 右薬価率は、いずれも前記三(二)の福岡国税局管内の精神病院の平均薬価率を上回っているが、その巾の中に含まれており、また前記三(一)の前年度及び前々年度の同大法山病院の薬価率及び薬品費に比べて、被告人に過大であることは窺われるものの、著しく不当なものとまでは到底いえないこと
六 以上のしだいで、簿外経費については、前記五で認定した額の範囲内で薬品購入費を認定するのが相当であり、且つ接待交際費の簿外支出は証拠上認められないから、結局右認容額に反する限度で弁護人及び検察官の主張はいずれも採用できない。
第二 弁護人は昭和四六年度の分離短期譲渡所得について、本件土地の譲渡所得は、昭和四七年一〇月三一日に確定したものであるから、短期譲渡に該当せず、且つ長期譲渡を仮装したものではない旨主張するので、以下判断を加える。
前掲各証拠によれば、大末建設株式会社は、被告人所有の本件土地(福岡県筑紫郡大野町大字大利七五九番の三、四、七ないし一二、一八、二八ないし三一、五四ないし五六計一万六、六七八坪、昭和四二年一〇月一四日買受)を含む附近一帯のニュータウン建設造成工事を日本信販株式会社から請負い、本件土地が右造成予定地の中央部分を占めることから、その買収を急いでいたが、直ちに譲渡した場合に短期譲渡にあたるため売り渋っていた被告人との折衝を重ねた結果、昭和四六年九月一〇日住友銀行福岡支店において、被告人と大末建設の間で、本件土地について売買代金を一億六、六七八万円、支払時期を翌四七年一〇月三一日(移転登記申請日)とする旨の同年一〇月二〇日付不動産売買契約証書を作成し、被告人は、大末建設名義の売買代金相当額の定期預金を担保として、同支店より右相当額を借り入れるとともに(同月一三日手形貸付)、日本信販に対し、同社が九月八日右定期預金の資金として三菱銀行から借り受けた二億円の金銭消費貸借について、本件土地を抵当物件として提供することを約し、本件土地の権利証、委任状、印鑑証明書を日本信販に交付したこと、被告人は一一月三〇日大末建設から裏代金相当額八三三万九、〇〇〇円を受領し、同日本土地の開発行為施工に同意したこと、翌四七年一〇月三一日大末建設は、前記定期預金を解約したうえ被告人の右借入金に充当し、同日付売買代金領収書を被告人に交付し、一一月二日に日本信販に本件土地の所有権移転登記がなされたことが認められる。
右認定事実によれば、形式上は昭和四七年一〇月三一日に本件土地の売買代金が被告人に支払われたこととされているけれども、現実には、昭和四六年九月一〇日に本件土地の権利証等の交付とともに、売買代金相当額が借入金として被告人に支払われているのであり、その際とられた複雑な法形式の外観にとらわれず、租税法における経済的な利益の帰属という実質的な観点からこれをみれば、右借入金は本件土地の譲渡による収入金と評価すべきものであり、且つ借入金の形をとったのは、当時他の土地の買取りの交渉が進展しており、まとまった資金を必要としていたこと及び昭和四四年分の所得税の確定申告に際しても、松田義一から買受けた土地について取得月日をずらした契約書を作成し、長期譲渡を仮装したことなどに徴すれば、短期譲渡を回避し、長期譲渡を仮装するためであったと認められるから、弁護人の右主張は、採用できない。
(法令の適用)
被告会社の判示第二、一及び二の各所為は、その当時代表者であった被告人田中得雄が、同会社の業務に関して右各所為をなしたものであるから、法人税法一五九条一項、一六四条一項にそれぞれ該当するところ、以上は刑法四五条前段の併合罪なので、同法四八条二項により各罪所定の罰金の合算額の範囲内で、被告会社を罰金一五〇万円に処する。被告人田中得雄の判示第一、一及び二の各所為は、所得税法二三八条一項に、判示第二、一及び二の各所為は、法人税法一五九条一項にそれぞれ該当するところ、所得税法違反の罪については、いずれも懲役刑と罰金刑とを併科し、法人税法違反の罪については、いずれも懲役刑のみを科することとし、以上は刑法四五条前段の併合罪なので、懲役刑については、同法四七条本文、一〇条により犯情の最も重い判示第一、一の罪の刑に法定の加重をし、罰金刑については、同法四八条二項により所定の罰金額(所得税法二三八条二項を適用して情状によりいずれもその免れた所得税の額に相当する額)を合算し、その刑期及び金額の範囲内で被告人を懲役一年二月及び罰金三、〇〇〇万円に処し、被告人において右の罰金を完納することができないときは、同法一八条により金五万円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置することとし、情状により同法二五条一項を適用して裁判確定の日から三年間右懲役刑の執行を猶予し、訴訟費用については、刑事訴訟法一八一条一項本文を適用して、全部これを被告人に負担させることとする。
よって、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 寺坂博 裁判官 原田国男 裁判官 一宮なほみ)
別紙(一) 修正損益計算書
自 昭和46年1月1日
至 昭和46年12月31日
<省略>
<省略>
別紙(二) 税額計算書
自 昭和46年1月1日
至 昭和46年12月31日
<省略>
税額の計算
<省略>
別紙(三) 修正損益計算書
自 昭和47年1月1日
至 昭和47年12月31日
<省略>
<省略>
<省略>
別紙(四) 税額計算書
自 昭和47年1月1日
至 昭和47年12月31日
<省略>
税額の計算
<省略>
別紙(五) 修正損益計算書
自 昭和46年4月1日
至 昭和47年3月31日
<省略>
別紙(六) 税額計算書
自 昭和46年4月1日
至 昭和47年3月31日
<省略>
税額の計算
<省略>
別紙(七) 修正損益計算書
自 昭和47年4月1日
至 昭和48年3月31日
<省略>
別紙(八) 税額計算書
自 昭和47年4月1日
至 昭和48年3月31日
<省略>
税額の計算
<省略>